いよいよ大晦日、2007年度の最終日を迎えた。今年の世相を表した「偽」。食品業界の偽装からはじまり次から次へと出る。膿は出しきらないと腐ってしまう。嘘をつけば罰が当たると言うが、これら偽りを嘘も方便にしてはいけない。
真実はひとつであり、事実はいくつも作ることできる。
大人は己の利益のために嘘をつくことが多いのならこどもになんと説くのだろう。律することをできるのが大人であり、それが子どもから大人へ、成長から成熟なのだから。
6歳の時、健康優良児で表彰を受けた。インフルエンザ予防接種を受けた翌日に全身がむくみ、入院となった。ネフローゼ症候群という難病だった。入退院を繰り返したが、8歳の時に最初の親友が白血病で死んだ。その子の名は明と言う。
ある日の午後、明がベッドに横たわっていた。ベッドのシーツが真っ赤に染まっていたのを僕の母親が見つけ、すぐに個室に移された。その日は何とか峠を乗り越えたが、それから数日後、明が亡くなる前日にその子の病室に母親が僕を連れて行ってくれた。
後に聞かされたのだが、直勝に会いたいと魘されていたから、先生にお願いしてくれたそうだが、その時は子どもを個室に入室させられないと断られたそうだ。母親の熱意が伝わったのだろう、最後に会うことができた。
目も見えていなかった、腕も動く状態ではなかったらしいが、最後に僕を見て笑った。32年過ぎた今もその時の明の笑顔が忘れられない・・・
「明の分を背負って生きなさい」母親にそう言われた。JCをボンボンの集まりだと思っていたので3年間も入会を断り続けのだが、縁があって入会した。その頃、例会場で「臍帯血バンクの支援」として署名活動を一生懸命に活動しているJCメンバーを目にした。
JCに対する偏見が吹っ飛び、心を動かされた。臍帯血は白血病を治せる可能性がある。白血病で亡くなるこどもを助けることができると涙が出た。JCに感動した僕はそれからというもの一生懸命になった。
僕が理事長になるとは誰も思っていなかっただろう。ある時、箍が緩んでしまっているJCに嫌気がさした。不平不満、批評ばかりしていても何も変わらない。それなら自らが理事長になって変革すると立候補したのが、はじめの第一歩だった。
いろんな経験を10年間させてもらったが、東京青年会議所理事長は1億円より価値がある。そして、見える視界が違うと歴代理事長に言われたが、体感して納得した。
このブログも1月4日から毎日更新してきましたが、いよいよエンディングを向かえました。色んなテーマを見つけて書いてきましたが、何事も根っこである原点を捉えること、その上で多面的に見方を変えてみることが必要なのだと思う。
JCメンバーのみならず多くの皆様に読んでいただけたことが何よりの喜びです。
修養団伊勢道場長の中山先生から教わった言葉に「力があるから錘を背負うのではなく、錘を背負うから力がでるのです。」「あなたの仕事は何ですか、人の役にたつためです。」
「松本理事長ブログにどんなに支えられたか、わかりません」と声をかけて下さった皆さん本当にありがとうございました。
2008年が皆様にとって素晴らしい一年となるように祈っています。
結びに
日本人よ卑怯者になるな、日本人よ「武士道」を忘れるな。
どんなに貧しくとも志があった。敗戦後の半世紀は目まぐるしいほどの経済発展を遂げた。先人達の血のでるような努力が日本を再建し、僕らが生を受けた頃には日本人は豊かになっていた。
時の占領軍によって「歴史・地理・修身」の教育を無くした。それに便乗したそれまで軍国主義に押さえつけられていた一部の国民が徒を組み権利の主張をするも義務を忘れ、個の主張をするも公を忘れた。
高度成長期では戦前生まれと、戦中生まれと、戦後生まれが共存した。人間味とスキルのある人が存在し縦横の社会バランスがとれていた。だが、バブル期を迎えた頃よりバランスを失いだした。経済に奔走する中で、戦後生まれへの教育、日本人としてのあり方を忘れてしまった。
目を輝かせて夢を語り、その夢に向かって努力をする。言葉で理解できる人は多かろうが、背中で見せる「生き様」を見せれる人が減った。桜井よしこさんが述べた「豊かさに負けた日本人」はピンポイントで的を得たと感じた。日本は豊かになる中で失った「力」は大きい。
昨今また「共生社会」「相互信頼社会」とよく耳にするようになった。東京JCは95年に指針改定、97年に中長期ヴィジョン策定、以後指針は05年に改定、中長期は07年に策定した。東京JCが行う問題提起、対処、解決、未来志向(ヴィジョン)それらへの先見性は改めて凄いと感じる。
真に明るい豊かな社会の実現は権利と義務、自由と責任を有した市民が「官」にもたれるのではなく、自ら選択し行動する民主導型社会である。その大前提として、人の心が豊かでなければならない。社会を構成する人が豊かであることが最初である。
多様性、勤勉性、思いやる精神、調和といった美徳のある人が構成する社会が信頼型社会とし運動した一年であった。日本型経営と言われるように社会や国家を経営するも同じである。
江戸川地区西脇君、小泉江東地区委員長、荒川地区大牟田君らが午後10時頃ステージに出るので亀戸ハードコアにJCの仲間が集まった。
だが、10時まで待ちきれずに7時からモンゴル料理屋で飲みだし、10時過ぎまで飲んでいた。葛飾地区中嶋君、渡部常務理事と3人で食べ始めたのだが、あれよあれよと人数が増えていき、青山顧問、菅原夫妻、新井佳代子さん、事務局山村さん、成島真紀さん、持丸荒川地区委員長といつの間にか内々の忘年会のようになった。
ハードコアへは佐伯理事が友人を連れての参加。荒川地区名倉君、碓井君、世田谷地区福田君もいた。集まったら飲み交わすのが常である。結局3時頃まで飲み続けた。今年の締めくくりとなった。
ワッキーの掛け声が皆を引き合わせてくれたおかげで楽しい一日となった
昨夜は京成小岩に宿泊して事務局へ向かった。交通量がとても多く、事務局まで1時間ほどかかった。今年も東京JC事務局の仕事納めとなった。事務局員6人に東京JC運動体を支えていただいたことに感謝を述べ、理事長デェスクを整理整頓して事務局を後にした。3階の日本JC事務局へ行き、水野局長、矢田部課長、1階の管理人さんに挨拶してJC会館を後にした。
夜は、広報特別委員会忘年会を五反田にある串揚屋「串音」
http://http://www.kushine.com/で行われていたので参加した。
僕らの思春期である80年代を思い出させるJPOPがBGMとして流れている。店は昭和史を懐かしむお客さんでごった返していた。
串揚げを食べながら、リズムを取り、今年一年間を振り返った。12月の広報メンバー活動は凄かった。フォーブスに東京JCが取り上げられたこと、JC NEWSが靖国神社遊就館に置いてあること、とことんやれば必ずできると否定論ではなく肯定論で活動してくれた一年でした。
7人ではじまった宴会が終わる頃には倍位の人数になっていた。宴の途中に電話をかける広報メンバー「どこ、まってるよ、五反田東口にある串音だよ!」いい迷惑だね(笑)
こうやって人を巻き込んでいった今年の広報活動であった。「JCの社会的存在意義を見出し存在価値を高めよ」との指令に忠義に活動した一年を振り返り、菅原理事を筆頭に山田総括、国方書記幹事、鎌田会計幹事とご主人、山田副委員長、山路副委員長、諸藤副委員長、成田委員とそのお友達、水谷理事、飯塚君らで大いに盛り上がった夜となった。
お疲れ様、そして、みんなありがとう
僕の住まいは杉並区浜田山だが、JCの地元は葛飾であり、僕のJCの原点である。下町人情溢れるこの葛飾から僕のJCライフがはじまった。喧々諤々の議論をしている姿にとても驚いたのが、ファーストインプレッションだった。入会した頃よりさほど人数は変わっていないが、常にメリハリあるJC活動を実践していた先輩らがいた。
葛飾区委員会の会議は理事会と同じほど緊張感があると周りからも言われていた。事業計画書が棚上げされたのを見たのもこの葛飾が最初である。それからも今も、他の委員会では、棚上げを見たことない。
その直向な姿に多くを学んだ。やる時はやる。遊ぶ時は遊ぶ。常に真剣であった。理事会にて棚上げしたことがあるが、その方法を学んだのもここであった。テクニックは所詮、手法である。山本五十六やマザーテレサの言葉を使い、テクニックより「魂」を伝授してくれた。
この下町「葛飾」で覚えた「バルト3国」も僕は意味がわからなかった。足立・江戸川・葛飾
の3地区は都心部から「川向こう」と言われ、3地区は「川こっち」と言っていた多くの先輩らを思い出す。そんな思い出がぎっしりと詰まった葛飾区柴又の「ゑびす家」にて卒業させてもらった。
丸10年間のJCライフはこの下町葛飾からアメリカ大陸、アジア大陸、アフリカ大陸、ヨーロッパへと羽ばたかせてくれた。そしてラストイヤーの本年、理事長という役をいただいて「葛飾で息吹を吹き込まれた魂」を多くの方に伝えることが出来たと自負している。
昨夜、持ちきれないほどの花が届いた。日本JC委員長の時、ブラジルまで一緒に行った友が他界した。死んだはずのテポこと松沢の名が3人の連名であった。長野JCの松橋先輩、小山田君の”思いやり”に心打たれた・・・
テポの史は突然の出来事だった。僕の人生ではじめて友が他界したのは8歳の時、それからあいつの分まで一生懸命生きてきたが、最近の2年間でJCの友人4人が他界した。
悲しくて、辛い日もあったが、死んだ友に恥じないよう「逃げない、あきらめない」と精一杯、前に進んできた。
ゑびす家の駐車場にタクシーが待っていると星野委員長に連れて行かれるとそこには特設舞台が設置されている・・・・・文京地区、二ノ宮委員長、中嶋直前委員長、野上次年度委員長、そして、上條04委員長、坂田先輩らだった。
他地区の先輩まで駐車場で待っていてくれた・・・・・また、やられた
涙を堪えるのがつらい一日だった。二次会へ来てくれた谷口君、佐伯彰一君、新井ちゃん、ありがとう。その後、三次会へと続くのだが、みんなありがとうな
JC入ってよかった。JCでよかった。
みんな本当にありがとう
2005年より人口減少がはじまった。計算上では西暦3500年には日本人は一人になるらしいが、現実味は薄い。だが、危機感を抱かずに何の対策もしなければ可能性は上がることになる。最近急に話題性が低くなった「移民政策」は現実味を帯びているはずだ。
国民一人当たりの生産性向上は必須だが、少子高齢社会となっている現在から未来を考えれば、外国人の労働力を招聘することは必要である。
もともと日本人は「寛容」な民族である。歴史を辿ればわかるはずだ。島国日本は大陸から多くの文化を取り入れ独自のものにしてきた。どの民族でも自らの民族と文化に「誇り」を持たない国民は、異なる民族・文化に寛容になれない。今の日本民族は他の民族を受け入れることが出来る心の準備が出来ているのだろうか。
我々日本人には民族の血、言い換えればDNAがある。寛容、共生、調和、人の和など否定する人は、本来いないはずだ。忘れている現代人が増えてしまったが・・・・・
大和民族には八百万の神々を受け入れる心を本当は持ち得ている。これは、DNAであって、知識ではない。今を契機として外国人との共生社会をまとめていくことが必要だと思う。
理事長立候補時に「移民政策」について具体的見解で述べたが、あまり現役JCには響かないようだった。
今夜は広尾の知人の店で正副夕食会を開いた。今年最後に全員で集まりこの一年間を振り返った。JCではよく理事長、委員長を船に例えるが、松本丸には604名の乗組員で走り出した。幾度かの荒波も乗り越え、乗組員も増えていった。マストは何本か折れたが、695名を乗せた松本丸は、神風に押され、着岸した。
我々Jayceeの原動力は社会変革を目指す「志」である。自分、家族、会社、社会、国を善くしたいと切実に願う青年経済人の志の集団である。若者よ奮い立ちなさい。寝て過ごすも、人のため、世のために働くも過ぎる時間は同じなのだから。
何事も全力で取り組む時、目に見えない新たなものが見えるようになる。
クリスマスはキリスト教徒がイエスキリスト、神が人間として誕生したことを祝うこと。イスラム教もイエスを祝うが、日本でのクリスマスは「商戦」が主であり、1900年頃からはじまり、大正、昭和と普及し、平成では完全に定着した「イベント」であろう。
家はキリスト教ではないからサンタクロースは来ないと言われた子どもの頃はそう思っていた。サンタクロースの存在について、僕の周りでは喧嘩にもならなかった。町では今みたいにクリスマス用ネオンもほとんどなかった記憶がある。
留学先のオーストラリアではクリスマスは真夏であり、海やプールでクリスマスパーティーが開かれていた。クリスマスは12月24日〜1月6日までとなり、ほとんどの店が閉まっていた。子どもの頃から父親からクリスマスの本質を聞かされていたので、驚いたことはなかったが、夏のクリスマスパーティーは楽しかった。
日本ではお祭り的要素が多く、意味合いは違い、クリスマスの本質とは相違がある。サンタクロースの存在については家庭の状況によって違いがあろうが、家族が一緒に過ごすことが一番のプレゼントだと思う。
今ではクリスマスの過ごし方は多様化し、人々にとって色々な意味がある。
家ではJCを卒業してはじめて家族で過ごしたと皮肉を言われた・・・・
戦前の日本人には目に見えない「無形」なものを大切にする感性があったが、敗戦後は物質主義へと変貌した。60年代高度成長期、70年代石油ショックを克服、80年代プラザ合意後
はGDPはアメリカと並び経済大国となり「一億総中流」となった。90年代はバブル崩壊した
平和、民主主義、経済的豊かさを達成してきた戦後日本は崩れ出した。バラ巻き政治がはじまり公共事業や政官財の癒着、利権政治、既得権益、利己主義が蔓延しはじめた。
物事には良いも悪いも、光と影、プラスとマイナスという対極が生じる。日本の根本を考えると、全ては「金」を中心に進めてきたそのスタンスだと思う。経済に奔走する中、人としてのあり方、すなわち「日本精神」を学んで来なかった。
教育は、生きていく上で大切なものは何か、社会生活において必須なことは何かを教えなければならない。日本人としての価値を大人がもっていなければこどもに教えようがない。
学校の勉強は進学のための丸暗記。なぜ学問が必要なのかを説くことなく、進学のためと履き違えた大人達。
親が子を、子が親を殺める事件が後を絶たない。何かが違うと気づき出した大人たちだが、甘い汁を吸ってしまった人間はなかなか律することができない。大人になるとそう簡単に教えてくれる人がいないのである。
律することが出来る大人が増えれば、こどもはちゃんと学ぶ。これは丸暗記ではできない。躾や訓練と言っていい。
戦後日本が失った「日本精神」を取り戻すときこの社会は明るく真に豊かになっていく
14日最終理事会にて審議できなかったプロジェクトグループ、公開討論会の修正事業報告書審議のため臨時理事会を14:30〜15:20に開催した。
15:30より写真撮影が正副、委員会の順に行われた。午後5時半開場を10分遅らせての開場となった。400名を超えた参加者があり、会場は熱気に満ち溢れている。17:50の開会から閉会まで笑いあり、涙ありとなった。
東京青年会議所で10年世話になった。これまで多くの人と出会い、泣き笑い怒りと沢山の思い出が出来た。ただがむしゃらに突き進んで来て、最後は理事長として卒業させていただいた。
最後は抱き合って泣けるかけがえのない友に恵まれた。この卒業という節目を迎えるにあたり、どれだけ多くの人に感謝を伝えたいかでJCライフの豊かさとは何かがわかった。
JCに入ってよかった。JCやってよかった。
みんなありがとう

葛飾区内ホテルに宿泊し、朝8時起床。堀切にある「タカノ」という中華料理屋さんへ行き、昭和史を思い出すような味のあっさりとしたらーめん、オムライス、餃子を完食した。JC入会間もない頃、葛飾地区の最後の〆はこの「タカノ」であった。とはいえ、朝から食べすぎ・・・・かな
ちなみにらーめん450円が300円、餃子(定価は忘れた)200円と感謝セール(10年以上前かららしいが)が続いている。堀切にお寄りの際は、おすすめしますよ(笑)
例特、渡辺常務理事へ連絡を入れて23日のクリスマス例会・卒業式の最後の準備状況確認する。
JC活動でよく言うプロセスが大事とは、事業計画書&報告書上程でも、政策発表でも、事業当日でも「本番」に向けて、深い議論をし、相互で意見を引き出し、発想力、想像力を膨らませる。他にどれだけ多くの「情」を感じてもらうかである。だが、「情」だけではだめで「理」も必要である。組織や社会にはそのバランスが一番重要と考える。
JCに関する件で電話を一日中していた日であった。いよいよ23日を迎える。どうぞ最後まで宜しく頼みます。
6歳の娘が通う幼稚園のクリスマス会へ参加した。年長の全クラス100名を超える園児でライオンキングを演じた。娘の通う幼稚園では園児全員参加で毎年、音楽や劇、スポーツなど年間を通じて発表会があるのだが、こどもたちの成長ぶりに毎度の事ながら大変驚く。
ライオンキングの衣装は全ての母親が一丸となって作ったそうだ。演劇のスケールの大きさと
演出、演技どれをとっても深く感動した。
午後7時から出身地区である葛飾地区にて「卒業生大いに語る」へ出席してきた。毎年行っている伝統形式で卒業生が30分間思いの丈を語る。
僕はこれまでの裏話などをしてきた・・・・
懇親会も深夜半まで続いたが、葛飾の友人、後輩らと飲み交わせたことは良い思い出となった。来週27日に葛飾地区の忘年会・卒業式でいよいよ10年のJCライフに終りを告げる
朝9時から外苑前にてビデオ撮り。時間を読み違えて10分送れてしまった。昼からは特定非営利活動法人NPO人材アカデミー主催のパネルディスカッションへ出席。
テーマは早期に転職したがる新社会人の急増について〜現状分析と対策
官界から2名、政界1名、教育界2名 経済界から2名の合計7名で開催された。
経産省から若手の方が出席され、ジョブカフェ解説に関わってこられた。こちらのNPOの最高顧問をされている山崎富治さんは東京JC歴代理事長であり、日本JC代10代会頭を務められた。僕の50代前の大先輩である。
こちらのNPO理事長は女性の大森淑子さんという方であり、若者の就職の手伝いを45年間されている。「高い志」である。だが、現代の早期離職、ニート問題は若者の問題ではなく幼少からの教育が大きな影響を与える。真剣に大人が取り組まなければならない社会問題である。東京JCがこれまで行ってきた社会体験実習、寺小屋、魅力ある人財、夢ある社会、わんぱく相撲などの教育事業があるが、小学生から大学生まで幅広い「教育」の視点で取り組んできた。企業、団体、公益法人が教育に取り組むことは必要不可欠であるが、動向は関心と無関心の二極化が進んでいるだろう。
第二地区特別委員会・市民参画プロジェクトグループ忘年会・卒業式へ出席。一年間の労を労いに行って来た。
わんぱく相撲特別委員会忘年会&卒業式へ出席しました。第23回わんぱく相撲全国大会会長を務めさせていただいたのだが、今年新たな取り組みとして歴代わんぱく相撲全国大会出場したわんぱく力士を集めてクラブわんぱくを結成した。
生形理事率いるわんぱく相撲特別委員会の皆さんには苦労も多い年であったが、実りも多き年でもあった。チャレンジするからこそ新しいものが生まれる。東京JC組織内には進化と継承を強く促した年であったが、このクラブわんぱくも新しい取り組みであった。
わんぱく相撲は地域で育む教育事業であり、地域に根ざし運動として地域住民にご支援ご協力をいただきながら進めてきた歴史がある。日本の国技である相撲を通じて勝つことの喜びと負けることの悔しさを学ぶ。
相撲を本格的に習っていなくても、この相撲を通じて「道」の精神を学ぶことが必要である。
かつての日本人は身体は小さくとも精神的に強く、たくましく、やさしかった。だが、日本の食文化を壊したジャンクフードに繊細な味覚をもつ日本人の身体は大きくなったが、精神的に弱い。また、キレルこども、キレル大人まで増えているのは工業化を進めてきた食にあると言えるだろう。
大量生産の世紀から質の時代へとシフトが求められているのは確かだと考える。どの世代から言えるかわからないが、繊細な味覚をもつ日本人はどんどんいなくなるだろう。舌で味わい覚えることから耳と目で食べる時代かもしれない・・・
それほど味覚障害が増えている事実に目を向けて対処が必要だと思う。世界で一番の美食とは繊細さが基本である。
語り合った一日であった。
ニューズウィーク日本版を愛読しているのだが、2007/12/5発行の中でTokyo Eyeに外国人記者が書いてあったことを抜粋する。
東京に次々生まれる美術館は空っぽ文化の象徴とあった。東京は洗礼された感覚で世界を
魅了する都市なのにニセ美術館があふれている。フランスやアメリカと同じように質の高い美術館だと思った。日本人は文化への意識が高く、最先端の感覚を持ち、歴史ある作品に敬意を払う人種だと感じたそうだが、行ってみてがっかりした。
目に見えるものが重要とする日本人の動向。パリのコンサートホールは大したことないが、プログラムは素晴らしい。日本のホールは世界でも指折りだが、演目は最低。音楽と違って、建物は目に見える。それを重要とする日本。
芸術を愛するふりをしながら、自分では価値を判断しない日本人の二面性とあった。
とあるJCメンバーが美術商に従事しているので質問してみた「日本人と西洋人の絵画の買い方の違いはなんですか?」
「日本人はその絵がいつ描かれたものかなどその絵の良さを正面から捉えない。西洋人は
絵をじっとみて自分で価値を決めて買う」
自らの視点を貫いて作品を選ぶ目をもっていない。現代人の価値観は目に見える「有形」なものが価値あるとしている。目に見えない「無形」を重要な視点とすることができないのだろう。
戦前の日本人がもっていた目に見えないものを大切にしていた感性をもっていた。だが、敗戦後は物、物、物の物質主義に変わった。物
物質的豊かさに生きる現代人は日本文化に触れ感性を磨き、精神的気高さと豊かな社会を両輪させることが重要だと考える。
19:00〜20:30コミュニティーラジオの録音をしてきました。塾長は広報特別委員会の山田副委員長。塾長は来年3月までコミュニティーラジオのパーソナリティーをするそうだ。
今月のテーマは「夢」であった。大きい小さいは関係なく、どんな人にも夢と目標をもっている。「仕事でみんなに認められたい」「エキスパートになりたい」「家族を幸せにした」「老後を悠々暮らしたい」「人に必要とされたい」など様々あるだろう。
だが、昨今「夢」のないこどもや若者がが多いと言うのは夢を抱き続けている大人が少ないからである。仕事の後は居酒屋で上司の悪口、満員電車で帰宅してまた、翌朝満員電車で出社する。それが、生活の為だけに働いているのでは寂しい。仕事は公のためにするものと天命によってするものだと思う。働く喜びは共感できる人も多いはず。だが、ネガティブシンキングは他人をもマイナス思考にしてしまう。
好きな言葉のひとつに「夢のあるとことろに行動が生まれ、行動は習慣に変わり、習慣は品格を創り、品格は運を決す」
この言葉を生かすか殺すかは自分次第である。
日曜日、千葉県にあるグリーンオークスにて理事会コンペを開催した。8時半に到着すると北龍副理事長、長久保副理事長らは受付していた。
スタート時における天候は晴天だったが、途中から風が強まりだした。ようやくラウンドを終えて入浴した風呂は心地よかった。
優勝は副専務の上條修一君、準優勝は国際交流委員会委員長鶴岡潔君でした。また、機会がありましたらまたやりましょう。
本日一日お疲れ様でした!
仕事は自分を磨く砥石であり、自分を磨き、人生を高めることが意義だと思う。仕事と言うと職業を述べる人が多いが、その職業を通じて社会へ貢献をすることである。
一言で述べると企業の目的は「利益」と言えるが、利益だけではどうもしっくりこないのではないか。資本主義のベクトルだから儲かり豊かになっていくことはおかしいことではない。だが、豊かになったり成功したりしたときこそ本来の会社の目的を見失わないこと。それには経営者は確固たる理念や哲学が必要である。自利自利ではだめで利他が重要だと思う。
神仏にお参りに行く人は大抵、自分のために何かしてほしいと祈る。これは自利だが、もう少し進歩すると家族や会社、国家や人類と広がり「利他」となっていく。
子ども達とお参りに行くと願をかける「この子達が人を幸せにできますように」と。
昔、街角で良く見た標語を覚えているだろう「世界が平和でありますように」と色んなところで目にしたが、五井昌久さんという方からはじまり、今でもその流れを財団法人がくんでいるそうだ。街角で見たあの標語も自分のことだけでなく利他の精神がそうさせて伝播されていったものである。
JCスピリットとは可能性を信じて行動し続けること。チャレンジしている時は辛いだろうが、辛いときって実は成長している時でもある。楽な時は出来ることをやっているだけだから成長はしない。これじゃ楽だが、楽しくないし成長しない。
苦楽を共にするからこそ連帯感が生まれ喜びをわかち合うものである。これがチーム内で共有できれば、その力は偉大となる。
組織を治めるには力で治める「覇道」と徳で治める「王道」がある。王道とは道徳・仁義の文化であり、日本の本来のやり方だった。
日本型経営、アメリカ型経営と言われるが、戦後日本に物質主義が蔓延ったのはアメリカの華やかな物質主義を見せられ、マインドコントロールされ続けているからだと思う。
日本人がそれまで教育してきた地理・修身・歴史を消したのである。
国際交流委員会卒業式、広報特別委員会の忘年会の熱も冷めやらぬまま、朝8:30に青山2丁目に集合。例特から依頼があった正副理事長団の撮影。30分で終わるはずが・・・
まぁそれはいいとして、何とか終わった。
午後2時事務局 練馬地区内田委員長、佐伯理事、足立地区高柳委員長、世田谷地区小暮委員長らがボランティアで机の配置換えをしている。
午後2時半にスタートした第24回正副理事長会議では資金運用など新しい方法にて組織活性化を目指す。
午後4時理事会が5分遅れた。忙しい中、平君も最初から出席している。いよいよ理事会において、最後の理事長挨拶をした。
審議案件が19件の内、事業計画書2案件、事業報告書17案件、初っ端の事業計画書が45分かかった。いくつかの案件が時間がかかった。終了予定時刻を大幅に超えたが、議論が良く出来た理事会であった。
理事会終了後は恒例のセレモニー。総勢71名の理事・委員長にささやかながらプレゼントをさせてもらった。マイ箸とエコバッグを選んだ。その箸を打上で使っていた方々がいた。言ったことを行動することは当たり前なんだが、当たり前のことができなくなっている現代人。しかし、東京JCの意識の高さには度々驚かされる。
一年間走り抜けた同士が互いを称えあう姿に感動を覚える。
何事も実践なくしては向上なし。効果もなし。
国際交流委員会卒業式に出席しました。入会してから下町葛飾、国際の委員会へ所属して沢山のことを学びました。2000年に日本JCJCI関係委員会へ出向しないかと声をかけていただいたのも僕が入会年の98年委員長であった島川さんからでした。この2000年の出向はとても貴重な体験をさせてもらいました。
ヤングシニアの皆さんは歴代理事長が数名いらしていたのでいつもよりおとなしかった・・・
だいぶおとなしかった。
それはさておき、そんな出身委員会でしたので、心温まる設営をしていただいたことに感謝そして感激です。奥山次年度委員長をはじめとする08スタッフの皆さん。本当にありがとう!東京JC国際委員会は来年存分に力を発揮してください。
卒業生挨拶を終え、平君、小久保君の挨拶を聞いて会場を後にした。広報特別委員会が最終委員会と忘年会へ挨拶に行ったのですが、凄い盛り上がりでした。今年は惜しみなく全力で取組んでくれた広報のみんなに感謝を表したかったので伺った。
ハードルを高く設定したが、ほぼクリアーした。広報の活動は評価が高く、11月例会アワードでは東京JC優秀賞を褒章委員会から与えられたほどだ。
変えるべきものを変え、変えてはならないものは受け継いた。進化と継承を実践してくれた。広報活動したことのないメンバーだとは誰も思えないだろう。
一年間がんばったあと、一緒に飲む酒は美酒だね。山田次年度特別委員長、高柳足立地区委員長、名前をあげたらキリがない。
みなさん本当にありがとう。
8:45起床 テレビをつけてCNNを見る。ゴアが出演して地球温暖化についてディスカッションしている。パッキングしてからやりかけであったブログに取り掛かった。9:20池田理事から集合時間変更の連絡が入る。マニラJCに前日確認した時は11:30集合だったので、時間に余裕があるはずだった。時間変更となったためいきなり時間が足りない。急いでブログを仕上げてアップすると送信エラー。書いたもの全部が飛んでしまった。最初からやり直しする。今度の文章は短くしました。
10:05ようやくブログが出来上がった。すぐアップして、シャワーを浴びる。
電話がしきりになっているので出るとフロントからモーニングコール後のリマインド。シャワーを終えてからまた電話がなった。今度は池田理事からで、鶴岡委員長が電話にでないとのこと。携帯電話は池田理事の部屋で充電中らしくつかまらないので10:30にロビーに下りないでくれとのことであったが、先にチェックアウトを済ませておこうと思い、10:30ロビーに下りると鶴岡委員長とばったり。
やっぱり・・・
ソウルJCブライアン08理事長らと僕らはマニラJCに空港まで送ってもらう途中でブレンチをご馳走になった。モールオブアジアというマニラ湾に面したショッピングセンター内のイタリアンレストランに入る。このモールはマニラJCシニアだという。小さなストアーから初めてJC活動を通じてディベロッパーやファンドと出会い、ビジネス拡大に成功したそうだ。
13:00空港到着。別れるのが惜しいが、一人ひとりと握手して別れを告げる。ブライアン08理事長らは埼玉中央JCを訪れるらしい。成田空港のゲートを出ると埼玉中央JC漆原理事長らが迎えに来られていた。
池田理事、鶴岡委員長に別れを告げて帰路についた
9時半よりマニラJCとブレックファーストミーティングを行い、両ロムの運動の取り組みと新入会員拡大と研修について意見交換をした。1時間程度を予定していただのが、色々と話に花が咲き延長して2時間となった。

ランチはマニラJCメンバーが経営するチャイニーズレストランへ招待された。シンガポールナショナルプレジデント2005Asmidar,2007Marcus Ng、ソウルJC08理事長ブライアンらと親睦を深めた。
昼食を終えるとマニラJCが主催しているアワードセレモニーへ参加。

4時頃ホテルへ戻り、式典まで時間に余裕があるのでジムでたっぷりと汗をかいた。19:00ホテルロビー集合して60周年式典会場へと向かう。
19:30開会 オープニング、創立から現在までのVTR、姉妹ロム理事長紹介、歴代理事長紹介、ミュージカルパフォーマンス、プレデンシャルリリース、08理事長挨拶とそつなく進行されていく。とても歴史を感じる演出と華やかな演出はとても参考になる。

僕ら3人が容姿、歌唱力、そして表現力に驚いたシンガー

外に出ることは内を深く知ることになる。

マニラJC60周年式典への出席のため16:00成田空港第二ターミナル集合
当初は18日を予定していたそうなので参加者も多数いたのだが、日程が早まった為、池田理事、鶴岡委員長と3人で向かうことになった。
チェックインを終え、3人で4階のレストランに上がった。僕は永塚専務と携帯電話で話をしながら鶴岡委員長の後をついて変換プラグを購入しに店に入った。フィリピンでは2タイプのプラグが必要だと言われたので購入した。
支払を済ませ、キャッシュがないのでATMへキャッシュを引き出しにいき、戻る際にパスポートと搭乗券がないことに気がついた。池田理事へ連絡したが、「理事長にお渡ししました」とのことであった。
さっきの電気屋さんに置き忘れたと気づき急いで戻る。女性の店員さんがカウンターに届けましたと一言。丁寧にそのカウンターまで引率してくれようとしたので、丁重にお断りした。
池田理事からも電話が入り、「JALカウンターにありますよ」
パスポートを置き忘れた初の経験をした。
22:25マニラへ到着 ゲートを出るとマニラJCルイシト理事長率いる皆さんが暖かく迎えてくれた。

ホテルへチェックインして ソウルJC、マニラJCの今次年度理事長と友情を深めた夜となった。
NPOで活躍する人々は山積された社会問題を対処しようと「志」が原動力である。人一人の可能性は高いと思えば高いし低いと思えば低い。要は本人の気持ち一つで行動は生まれる。高かろうが低かろうがより前向きか後ろ向きかの違いだと思う。
ただ、戦後生まれは国に対する「情」を語れば「右」 社会は全ての皆が平等と語る方が聞いてくれる風潮があるが、結果平等は有り得ないわけだし、機会の平等こそ社会に必要なことである。大体平等平等と言っているが皆が同じなわけない。
話がそれたが、元に戻す。「世直し」をNPOとして取り組むか、または、今年話題になっている
世直しを商いへするかは選択肢である。どちらが重要なのかはその人の手法違いで目的ではない。
そういえば行列ができる法律事務所に麻生代議士が出演したVTRが流れていた。「首相になるのが目的ではなく手段である。首相になることが目的な人とは違う。」
僕も理事長に立候補する際や理事長に就任してからあらゆる所で何度この言葉を述べてきたか。現在のJCは役人化しているとシニアに言われたが、同感である。
役職に就くことが目的な人が多い。名誉とか名声を間違えて捉えているんだろうな。私財を売ってでも重職を全うした志高き政治家、経営者はいくらでもいるが「良い」ことは話題として長続きしないのは今の世の常だろう。
またまた、話が反れてしまった・・・
企業のCSR活動も良く耳にするようになったし、社内ベンチャーや社内NPOの活動に励む会社員も増えてきている。地域ではコミュニティビジネスを営む中小企業も増えたし、善の行いはある。世の中の人は社会問題に対して「世直し」を実践行動している。その際の組織がどんな体制にするかは手法でしかない。
マザーテレサ(最近のJCマンは知らない人が多い・・・)のハートと外食産業の拡張性を融合させ、情熱と叡智と勇気をもってJC卒業後も実践していく。
更新が遅くなって申し訳ありません
12月度日本JC理事会へオブザーブ出席するため会館へ。到着したのは午前8時35分であったがやや空いていたので、予想と違った。毎年の12月理事会は全国各地から理事長がオブザーブに来るはずなのだが・・・。
そんなことに構わず5階に上がるとJCIへ出向している仙台JC後藤君がいた。数名が部屋の外にいるので、後藤君と立ち話をしていると部屋の扉が開いた。会頭はじめ役員は揃っていた。理事会前のミーティングをしていたようだ。席に荷物をおいて1階に下がると驚くほどの人、人、人であった。入館の際、1階サロンは見なかったので、身動きできない満員電車のように大勢いた。
大阪JC高野理事長と話しながら5階まで階段で上がっていると、後ろから上がってくる池田直前会頭に高野理事長が声をかける。池田直前に僕も声をかけると僕がいることにやっと気づいた。会う度固い握手を交わすのだが、これまで会ったJayceeの中でも器がでかい男である。
理事会会場内に入りきれないほど、もの凄い人だった。午前9時開会。
今日は全国からの理事長のオブザーブ出席が多い為、理事長紹介が直前理事長挨拶後に行われた。とはいえ、全理事長紹介の紹介が終わると開会から既に1時間10分経った10時10分だった。
審議、報告全64案件もあるとのことであった。そういえば、東京JC12月理事・委員長協議会も案件が多く終了時間は午前3時だったもんな。
日本も東京も同じく総務は大変な労力がいる。スポットはあたらないが
なくてはならない存在である。
資料提出などが遅くなればなるほど運営チームは寝る時間を削って活動していることをお忘れなく。
よくありがちな「俺1人くらいいいだろう、少しくらいいいだろう」
全然よくありませんので、悪しからず。
今夜はこの辺で
ロイヤルパークにて10:30〜13:00(財)社会経済生産性本部会合へ出席。日本経営品質協議会による2007年度日本経営品質賞受賞企業は福井県民生活共同組合であった。
http://www.jqaward.org/理念を職員や組合員(12万)に浸透、追求するためあらゆるステークホルーダーとのコミュニケーションを大切にしている。
東京JC歴代理事長であられる牛尾治朗さんが「日本は敗戦後の半世紀はいけいけどんどんで経済発展を遂げたが21世紀は美徳である勤勉、思いやり、チームワークが重要となる。世界でも稀な日本民族の連帯感が人口減少による生産性低下と高齢化による歳出増加を乗り越える力となる・・・・」
僕が主張してきたことと同じことを述べられていたことが非常に嬉しかった。
牛尾さんに「私の任期が終わります。一年間ありがとうございました。」とご挨拶して会場を後にした。
事務局に寄ると日本JC出向者で会館は溢れかえっている。最後の大詰めなので忙しそうだ。
12月の第一週金曜日が影響なのだろう、道路がとても混んでいた夜であった。
11:45京王プラザホテル 石原慎太郎都知事との昼食会
受付にて秘書の兵頭さんが声をかけてくれた。1時間30分であったが3選目の選対本部長を務められた佐々淳行氏のお話とテロ問題、日米軍事について、首都東京、都民を守るための強い念を抱いている石原都知事の話を聞いて感銘を受けた。
その後は社用を済ませ、夕方に事務局に行く。今日は日本JC出向者で会館は込み合っている。18時から第23回正副理事長会議
本日は4案件であった。
基金運用について、共済会について、環境チェックリストについて、12月例会について
終了したのは19:50であった。
20:00褒章委員会 最優秀JC賞、会員拡大賞等が決まった。
12月例会にて発表となる。
遅れを取っていた12月例会だが、例特もようやくここへ来て、油がのってきた。がんばれ!ラストスパートだ
力があるから錘を担げるのでなく、錘を担ぐから力がでるのだ
幸せだから感謝するのでなく、感謝するから幸せなのだ。
人間は価値があるから生きるのではなく、生きるから価値が上がるのだ。
ポジティブシンキングがぼくの力の源である。
戦前の日本人には目に見えないものを大切にする感性があった。精神性をとても重んじていた。だが、敗戦してから時の占領軍により、アメリカン価値観を押し付けられて日本人が受け入れてしまった「物質主義」
明治、大正時代の日本人は貧しくとも高貴であり、感性も豊かであった。明治生まれの祖父祖母、大正生まれの伯父伯母は生活様式の中に文化を感じることが多かったように思う。現代人の感性が乏しい理由はなぜだろうか。
日本人としてのアイデンティティーがなく、舶来品に群がり、信仰しているものは物質ばかりじゃ真に豊かな人にはなれない。情緒とか風情など生活の中にあった先祖が創り上げた生活の知恵。
年始は正月、節分、ひな祭り、お花見、端午の節句と毎月いろんな行事があるが、核家族化となり、こういったことをやらない家庭が増えている。ようは文化を一つ一つなくしていってる。
もしこの世に感性豊かであったかつての日本人が存在したら、目に見える「有形」が豊かさと履き違えている現代人にきっと喝を入れただろう。
12月度入会審査が行われるにあたり理事長挨拶をしに砂防会館へと向かった。通常はJC会館であるが12月初旬は日本JCアクティブで会館は出向メンバーで溢れている。今月は僕がスポンサーした一名の入会を含め11名となった。
卒業生+退会者+除名者=17年間減少しつづけたが、昨年を底に今年は増加となった。2003年会員室担当理事として会員拡大数を達成できなかったため12月理事会には頭を丸めて出席した。毎年続いてきたが、翌年の2004年からこの古き良き慣習はなくなった。
実力があろうとも、本気で動かないと社会変革する同志は増えない。力の差は歴然であるが、獅子はウサギを追うにも全力で追う。1970年代が中心となっていくJC世代は受け継いでいくものが何であるか胆に命じてほしい。
19:30〜20:55全国町村会館「魂の勉強会」
97年副理事長佐藤泰博先輩、01年副理事長喜多隆正先輩迎え、僕がモデレーターを務めパネルディスカッションを行った。
研修の鬼である佐藤先輩はご卒業されてから8年経った今も関東地区では有名人であり、講師としてお招きされている。
喜多先輩は15年のJCライフを送った。政策を語らしたピカ一である。
お二方に育てられた僕がまさか理事長になるとは思わなかったと出合った頃のエピソードからはじまり、東京JCでも関東地区でも二人は犬猿の仲だと言われることが多いが、二人の根っこは一緒であることは知っている。99年理事会出席の際に見た様子を思い浮かべる。
反対意見を言われ、自分の意見をしっかりと言い、違いを受け入れ合う姿に「議論」をするJCマンを学んだ。事業計画書に魂を入れろと泰博先輩。「理」「情」の道理で判断する喜多先輩。どちらも手法は違うが方向はひとつ
好き、嫌いの判断はしない。リーダーのあるべき姿を見せられたもんだった。役人化したJCに一喝を入れられた夜であった。
懇親会では数名に尋ねた「LD」「CD」誰も答えられないことに二人の先輩と僕は唖然とした。
だから振り子を振って研修に力を入れろと一撃されたのは理事長のぼくであった・・・(笑)
1年生理事も2年生理事も知らないのは勉強しない彼ら彼女らのせいだけじゃないだろうが、これじゃポストを目指すだけで変革の能動者ではない。JCは要職に就くのが目的じゃない。手段である。当たり前のことぐらい覚えておくこと。
東京JCとしての「誇り」「プライド」がなければ品格は生じないのである。胆に命じてくれ。
本年最後の理事・委員長協議会が18:00に開会された。
協議事項
(1)事業およびプロジェクト報告書・決算書
千代田、江東、葛飾、墨田、4地区市民討議会、
2007市民討議会フォーラム
市民討議会推進プロジェクト
アーティスティック足立2007
まちづくりプロジェクト
第3回THINK SETAGAYA プロジェクト
市民参画運動プロジェクト
2007練馬エコシティー大作戦
持続可能な社会構築プロジェクト
各種公開討論会
東京寺小屋2007
TJC教育実践プロジェクト
国際貢献ミッション2007in Chaina
10月例会
(2)事業およびプロジェクト計画書・予算書等に関する事項
ソーシャルデザインプロジェクト
エリアデザインプロジェクト
ヒューマンデザインプロジェクト
2008年度3月例会
アーティステッイク足立2007プロジェクトにおける販売収益の「足立育英資金」への寄付
2008年度2月例会
2008年度各種公開討論会
中長期ヴィジョン
会員情報の管理運用に関する規定に関する件
記録保存管理規定に関する件
東京青年会議所共催会設立
全25案件
終了時間は午前2時50分
JC運動とは現代の言葉にすると「社会イノベーション」を起こす運動である。その理念は「明るい豊かな社会」であり、では明るい豊かなk社会とは、どんな社会なのか。
物心両面における豊かさがあり、機会の平等により、がんばる者が報われる社会である。
官僚社会と言われる官主導型社会では政治家との関係は強くなり運命共同となる傾向が強い。権力者が日本国家を牛耳り、既得権益が蔓延っている。
民本位を政治に反映するには、有権者は政治家へ信託をするため必ず投票に行く。そして、政治家は正義感によるもので判断をしなければならないのだが、昨今の政治家は違う気がする。戦前生まれの政治家は叩き上げで、豪傑で強かった。20世紀は敗戦から豊かさを目標にして国民が一丸となって戦った成果が経済大国第2位へと登りつめさせた。
しかし、現代日本人は豊かさに負けている。豊かさを物、心の両面でしっかりと捉え生きていかなければ日本は経済的にも人間的にも衰退していくであろう。
明日の日本を背負う青年こそ、正義感に燃え、利他の精神による行動を示すとき、日はまた昇るであろうと考える。
これこそJayceeであり、これこそ哲学をもつJCである。
豊かな時代に生まれ何の不自由もない生活をおくると考える力が乏しくなる。多くの有識者や失敗をして成功をした方々がかくも言う。
「お金がなければ知恵がでる。夢のあとから人とお金は後から付いてくる。」
ビジネスの目的は金儲けだが、運動の目的は運動を達成することでありJCの事業は事業目的を達成することである。
目に見える「有形」と目に見えない「無形」が融合するもの・・・
物心両面こそ真の豊かさとだと思う。
豊かな明るい社会である前に豊かで明るい人であることが大前提である。言葉を変えれば「美しさ」である。
西郷隆盛のことばを借りれば「人を相手にせず、天を相手にせよ」
天とは「清く磨かれたこころ」である。
哲学を述べると宗教ぽっいと思う人が多いのは固定観念だと思う。
哲学=宗教ではなく、哲学とは思想や道徳、理念です。
昨夜はメンバーみんながとっても良い笑顔だった。脳裏から離れない。例会終了間際は正直言葉につまった。できることならより多くののメンバーを称え、賞を贈りたいが・・・
まだ、終わっていない事業がある。12月23日のクリスマス例会にて東京JCが本を出版する。最後まで「大和魂」で応援したい。
そうそう本日わざわざ電話くれたみんな、ありがとうございました。
18:00〜21:00 第4回2008年度理事・委員長予定者会議
いよいよ次年度最後の会議である。08理事・委員長が再会するのは翌年になる。
東京JC理事会の雰囲気は変わった。和やかになったと言えばポジティブだが、これまでと比較すると緊張感がなくなった。理事会に代理出席した入会の翌年、理事会の緊張感を今でもはっきりと覚えている。凄い議論していたので、ケンカにならないことに驚いた。
あの頃は強面の方が結構いたので、僕は目立たなかったよ(笑)
直前理事長として見守っていくが、若手メンバーは、理想とする形を思い描きそこへ向かって走っていくことを頭に入れておいて。
問題防止には制限や規制をかけようとするが、それでは本質の解決にはならないんだよ。制限するより訓練する。発想の転換が重要となるんだ。JCでは事業構築する上や、委員会、プロジェクトチーム運営を行う上で時折思い出してくれたらいい。
きっと何かの役に立つ
明日から師走 本年も残すところあと31日となった。ということは残り31回でこのブログも終わりを迎える。スタート段階と今とでは読まれる側から見ると何か違いを感じますか。
強い思いがあっても文章で伝えることの難しさを感じたが、やり続ければ、かならず出来るのである。
この11ヶ月間、毎日楽しみにしてくれている方がいることはとてもうれしい。ここまで来たらどうか最後までおつき合いください
今夜はこのへんで
Good Night
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