2006のわんぱく相撲東京都大会は浅草の浅草寺(せいそうじ)で開催した。その際、境内に土俵を作ってくれた木内先生が4日にお亡くなりになり今夜お通夜へ行ってきた。
2002年葛飾区委員長の時、わんぱく実行委員長であった平瀬麻紀子さんと寅さんで有名な柴又帝釈天境内に本土俵を造ってもらってからの付き合いである。
土俵をつくる土は「荒木田」という粘土質の土。10t×4台で作成に3日ほどかかる。手間のかかる職人芸だからなせる技。日本にも土俵を造れる職人さんも少数になったとか・・・
江戸っ子気質の木内さん。
わんぱく相撲葛飾区大会は当初数年間毎年、帝釈天境内に土俵を造って開催していた。自然の法則で雨降ると中止にしなければならないのだが一度も降らなかったそうです。
そんなことで当時のメンバーが前区長と交渉を重ねて、区立体育館内に立派な本土俵を作成してもらった。
体育館土俵は一般にも貸し出すはずなのだが、行政は一般の申し込みを断る。
「維持費が年間70万も掛かるからJCがわんぱく相撲大会開催をしなくなったら土俵を壊す。」
「区民の税金ですよ。そんな勝手は許されない。相撲を愛する区民とわんぱく相撲へ参加する子どもたちのもの。JCの為の土俵じゃない。維持費は月一回貸してくれれば白鳥相撲教室(葛飾区白鳥にある相撲教室)の先生、生徒達が補修してくれる。それに70万なんて掛かるわけない。」
幾度と通いその後も交渉した。
承諾を取れないまま、時期が来て決断をくださなければならなかった。
「帝釈天でやろう」と実行委員長の平瀬さんに伝えた。そして、多くの大人たちにわんぱく相撲を見てもらい、感動を覚えてもらおう。そしてボランティアをしてもらおう。
ということで
2003年にはJR亀有駅前広場に土俵を作成。木内さんは既にこの頃に癌を患っていた。2004年には堀切菖蒲園の小学校校庭へ作成。
どの年もたった1日のためなのだが。
木内さんは少ない金額なのに文句ひとつ言わずにやってくれた。
そうそう区立体育館の土俵は健在で2003年2月には一般にも貸し出しをはじめ続いている。その担当部署はなくなった。「官から民へ」ということで現在は三井グループが管理・運営している。
葛飾区メンバーは本土俵での開催をこだわっている。マット土俵では風情がない。
そもそも子どもには裸足で土の土俵を踏ませて相撲をとらせるのが葛飾流儀。
そのためにメンバーは必死になって協賛金をもらいに走り回る。また、
その活動を通じて地域の目が我々に向き、青少年の健全育成運動を
理解してくれるようになる。
わんぱく相撲には多くの熱い想いが託されている。そんなことを焼香を待っている間に考えていた。
5年前に委員長で知り合い今年理事長でお別れです。
木内先生 本当にありがとうございました!
土俵作成の説明です
http://sumo.goo.ne.jp/ozumo_joho_kyoku/shiru/kiso_chishiki/mame/dohyo.html
それから、予定より大幅に遅れてしまったが第一回ブロック会員会議所会議へ行く。会場に着くと電話が入る。相手はわんぱく相撲特別委員会理事生形君から。
「理事長、覚書をもらいに来ました。」
明日必要なので、東府中まで取りに来たとのこと。行動が早い!
入室すると審議3件中既に2件目の審議中であった。全案件が可決。予定より1時間早く終了した。
資料作成があるので懇親会は欠席しようと思っていたが本年一回目なので伺う。
結局は最後まで居ました。帰宅してから副理事長の木嶋と電話にて打合せ。切る間際に「理事長、ブログでの絵文字はやめてください!」
「ツーツー」
チェッもう切りやがった(笑)
ブログを書いてから資料作成を朝まで。その後、15日の1月例会資料に目を通す。
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