本日は中央区、江東区、葛飾区の3地区にてわんぱく相撲大会の開催である。地元葛飾区大会へ家族を連れて出席した。

総合体育館エイトホールには立派な本土俵があるのだが、2002年度委員長時に第27回大会をこの場所から他の場所へ移して大会を開催した。いくつか理由はあるのだが、この土俵がわんぱく相撲大会専用になっていて、他団体が借りることや一般開放などは有りえない事であった。

立派な体育館であり、施設として不満は無いのだが、行政をはじめ、一般の人がわんぱく相撲を五官で感じることはほとんどない。相撲へ参加する子どもの保護者は競技性重視でモラル・マナーの悪さが目立っていた。
僕はわんぱく相撲を教育事業として捉えているので、大人の態度があまりにも悪いのにどうやって地域教育力向上ができるのかとの疑問があった。メンバーからも同様の声があった。
そこで、発想とそれまでの思考を変え、このわんぱく相撲葛飾区大会のあるべき姿を見出し、実行委員長に女性メンバーの平瀬さんを任命した。
いろんな障壁があったが、一丸となって乗り越えた。
一番の問題は床下に設置してある土俵のコンディションであった。わんぱく相撲大会以外に使うことないので、土俵の状態を悪化させていた。
その上、関心のない役人からはメンテに費用が掛かかりすぎる、大会を別の場所で開催したら取り壊すと言われた。
これには深く悩んだ。だが、税金で造った物をJCが使わなければ取り壊すなどいう行為は断じて許されるべきでないと考えた。一般開放や相撲教室の需要はあると信じ交渉を重ねた。だが、意見は交わることのない平行線が続いた。
それでも僕は決断をした。
向こう3年間の大会は別の場所で開催してより多くの大人に関わってもらうこと。
4年後には、また戻って開催する際には、より多くの大人がこのわんぱく相撲に関わり地域教育力の向上となる
わんぱく相撲大会が進化した形で開催されることを目指す。
巡業の最初は柴又帝釈天境内であった。翌年は亀有駅前、その翌年は堀切にある廃校した校庭に本土俵を造って開催した。我々がブレることなく頑なに守ったのは「信頼」である。

左端はJCから区議会議員2期目に入った米山君
事業を継続することを目的とせず、使命があるから事業を興せよ。
「進化と継承」
昨年の第30回大会でエイトホールに返り咲いたのだが、わんぱく相撲葛飾区実行委員会により開催された。
第31回を迎えた今年、僕にとって現役最後の年であった。

中央区、江東区へ行けなくてごめんよ
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