日曜

午後1時から第3回 Think Setagayaを拝見しに世田谷区民会館ホールへ行く。会場に入ると市民参画プロジェクトグループの面々が座っている。「思いやりと街づくり」と題してユニバーサルデザインへの取り組みを有識者や団体が紹介をしていた。

気づかないことに気づくように心がけて街をデザインしている。企業、大学、小学生と立場は違うが、社会を構成する「人」から見た様々な視点。視点を変えると、こども、障害者、老人にとって東京は住みにくい街になりつつあるが、その人達の視点から社会を見渡すと、中心となっている社会人には気づかないことが多々ある。

多様性に応じて街をデザインするそのデザイン性には輝く思いやりが見える。関心を寄せて世のため人のために役に立とうとしている人は美しい。

世田谷地区メンバーは黄色のTシャツを着て自分の持ち場で力一杯活動している。

地域で活動しているJCメンバーっていいなとつくづく感じた。

地区で行っている東京JCの事業に共通しているのは今の小中学生はちゃんとしている。挨拶もできるし、色んな道徳教育を受けていると感じる。

倫理や道徳が足りないのは子どもより大人の方であろう。思いやりという言葉を聞いて誰も悪い言葉だと思わないだろうが、言葉の深い意味を知っておきたい。

強さとやさしさ、そして、厳しさを兼ね備えた意味が思いやりであり、その心が美徳である。

人の言動をよく見ていると、その人の根っこが見える。礼儀、作法、躾など出来ない人が多いと昨今感ずるのはそれが理由であろう。

親にも叱られたことないような人が随分といるが、そういう人に限って考えも甘く無責任である。いまじゃ非責任といったほうが的を得ているだろう。そして、考え方も自己中心だ。

人に揉まれると自分のアイデンティティを確立することになる。言葉を変えれば、人間性や人柄を向上させることになる。思いやりを使い間違えると単なる「甘え」に変わる。

戦後、日本人の精神が弱くなった原因もここにある。今の日本人をしゃっきとさせるには躾と訓練しかない。

気づいた者だけが本物の思いやりを持てる。

美徳ある社会、目を覚ませ日本人よ!







 
 

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